本能寺の変が起こった日


1582年(天正10年)の今日は本能寺の変が起こった日です


何と!そんな大変なことが!


ええ、織田信長の家臣である明智光秀が本能寺に攻め入り、信長を討ったのです


なるほど、それは大変であったことだなあ


配膳係は明智光秀公が大好きで、かつて芝居衆「大江戸騒査動乱隊(大騒動)」を
率いていた時、彼をテーマにした作品『戦国アルバイト』を書きました


ほお、それはそれは


その時、資料として読んだ早乙女貢先生著の『明智光秀』の中に彼が信長を討つと
家臣たちに知らしめた時の一節に配膳係は号泣する程感動したんです


「一瞬声を失い、次に、はげしいどよめきがおこった。戦国の武士たる者、
主(あるじ)あるを知って主に主あるを知らず。かれらが主とこそ恃む(たのむ)は
惟任日向守光秀(これとうひゅうがのかみみつひで)ただひとりである」


なるほどなるほど


配膳係はこの一節をナレーションの一部として使いたいと、早乙女貢先生に
許可をいただきたい旨、書き上げた台本ともに手紙を送ったのです


ほおほお、それからどしたの


早乙女先生ご本人から直筆のご許可をいただきました


なななんとすごいじゃないか!


はい、おかげで舞台は大成功をおさめたそうです


ところで、光秀はその後、豊臣秀吉の軍勢に討たれたことになっていますが


実は生き延びて天海僧正となり、徳川家に仕えたという異説があります


それは難儀であったろうことよ


天海僧正を祭った日光山輪王寺がこれです


配膳係はこの異説を信じています その内、研究が進んで歴史が解き明かされるでしょう


ふうむ、歴史とは謎に満ち満ちているものなんだなあ


で、今の話をまとめると、本能で痔が大変なことになった信長公は光秀公に痔を焼かれた


そこへ配膳係が早乙女貢先生を連れてきて「先生、この土地をください!」と


もう結構です

恩を仇で返す


♪昨日昨日 配膳係は~


助けた猫に


かじられて~


お医者さんに行ってみれば~


問答無用で抗生剤 orz


ちょっと何か文句があって?パニックになってるところを無理に掴むからよ!