朔太郎の生い立ち

17年前、会社の先輩から
「いいもの見せてあげるから遊びにおいで」
と言われて、ノコノコ付いて行ったら
「ホレ、これあげる」
と、目の前に突き出されたのが今の朔太郎。
まだ生まれたばかりで目も開いていない真っ白な猫だった。
「うちはマンションだから飼えないですよ!」
と言うと、
「ふうん、そお?じゃあ捨てるけど」
そう言われて無理矢理押し付けられたのだ。
一人暮らしをしている先輩が飼っている猫が、子供を3匹産んだらしい。
一匹は自分で、もう一匹は友達が引き取るという。
当時私は弟と二人で住んでいたが、昼間は当然いないので、自分でご飯を食べられるようになったら、と言う条件付で引き取る約束をした。
もう大丈夫だろうという話になって、迎えに行ったのは夏の暑い日だった。
会社帰り、先輩と一緒に部屋に行き、ドアを開けた瞬間、異様な熱気と悪臭が鼻についた。
家具もエアコンも餌も水もろくにない、排泄物も垂れ流しの部屋の隅で、母猫と仔猫が激しく声を上げていた。
なんと、先輩は猫を部屋に残したまま引っ越していたのだ。
もう1週間以上もこの暑い部屋に2匹は取り残されていた。
母猫はものすごい声を上げて私たちを威嚇しながらも、先輩の持ってきた餌を貪り食べた。
仔猫も食べようと近寄ったが、飢えている母猫に威嚇されていたので、思わず私が手を伸ばしたら、これが仔猫の声かと思うような唸り声を上げて噛み付いてきた。
自分たちを捨てた人間に対する恨みのこもった眼だった。
取り残されている間に、母親に人間に対する恨みつらみを聞かされたのだろうか。
早くこんな劣悪な環境から出してやりたくて、全身全霊で激しく攻撃と抵抗をする仔猫をバスタオルに包んでバスケットに入れた。
そして先輩は、彼氏と住むために自分が飼っていた母猫を捨てると言った。
マリリンと言う名のその猫は、ものすごく気性が荒く、彼女にしか懐かず、彼氏のことが大嫌いなのだという。
彼氏の家にも猫がおり、2匹を引き合わせたが、上手くいかなかったという。
しかも驚いたことに、元々マリリンは、彼氏の家の猫が産んだ猫だと言うではないか。
生まれてまもなく引き離された親子は、例え親子であっても他人と同じなのだ。
でも、だからと言ってマリリンを捨てるというのはあんまりじゃないか、そう言うと、それならあんたがマリリンも引き取ってくれるのかと言われた。
私はうんとは言えなかった。
結果、マリリンは東京のど真ん中で、捨て猫になった。
先輩が商店街の空き地に放した瞬間、もうわかっていたのか、背中を向けて首だけこちらを振り返って見ていた。
あんな気性の荒い猫が、誰かに拾ってもらえるとは思えない。
その後、どうなったのだろうか。
いくらなんでも17年経った今はもう虹の向こうへ行ったろう。
先輩は、ひどい。
でも私にそれを言う資格はない。
私もマリリンを捨てたのだ。
朔太郎にはすまないと思っている。
そして今は、そこにだいずとあずきという新しい家族が増えた。
マリリンへの罪滅ぼしになるわけもないが、この兄弟と朔太郎の人(猫)生の最後まで、私が見届けたい。
陳腐な表現だが、みんな大切な家族だ。